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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)239号 判決 1981年6月15日

原告 菊池孝三

右訴訟代理人弁護士 門屋征郎

被告 土屋時也

右訴訟代理人弁護士 池田淳

同 池田純一

主文

一  被告は原告に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和五五年一月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その一を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。たゞし、被告において金五〇万円の担保を供するときは仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金七一〇万円及びこれに対する昭和五五年一月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び1につき仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告の被告に対する委託契約の成立と金銭の交付)

原告は、昭和五四年四月一三日、東京都豊島区長崎四丁目一〇―一所在の原告所有家屋(以下本件家屋という)三棟の賃借人村田茂芳、片桐和介、山崎美智子(その賃借面積はいずれも約一〇坪)に対する明渡交渉を不動産取引仲介業者である被告に委託し、右契約に基づき同日一五〇万円、同年同月二〇日一三五〇万円、合計一五〇〇万円を被告に交付した。

2  (被告の不当利得)

(一) (主位的主張)

原告は、本件家屋の明渡交渉には賃借人一人当り五〇〇万円の立退料を必要とするとの被告の言に従って一五〇〇万円を交付したのであるが、実際は一人当り二〇〇万円程度が相当であった。被告は原告の無知に乗じ一人当り五〇〇万円の立退料が必要であると説明した。現実には、賃借人村田と山崎にはそれぞれ二三〇万円、同片桐には三三〇万円、合計七九〇万円の立退料を支払って解決している。このような事情が判っていれば原告は本件委託契約をして一五〇〇万円もの金を被告に交付するはずはなく、右委託契約又は金銭の交付は原告の要素の錯誤に基づくものとして無効である。

よって、原告は被告に交付した一五〇〇万円の返還を求める権利がある。

(二) (予備的主張)

仮に要素の錯誤が認められないとしても、原告が被告に交付した一五〇〇万円のうち現実に立退料として支払われた金額は(一)に述べたとおり七九〇万円であるから、残り七一〇万円は被告が不当に利得したものというべきであり、原告はその返還を求める権利がある。

3  以上の事実に基づき、被告に対し不当利得として七一〇万円(主位的主張が容れられる場合は内金請求)及びこれに対する昭和五五年一月二七日(本件訴状送達の翌日)から支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。(もっとも契約の性質は請負である。)。

2  請求原因2(一)の事実は否認する。同2(二)の事実も否認し、争う。

三  抗弁

被告が原告から受領した一五〇〇万円は、賃借人に対する被告の交渉の報酬、賃借人に支払うべき立退料その他約束の交渉期限である昭和五四年六月一五日までに明渡を完了させるために被告が負担するかもしれない引越料等一切の負担をまかなうものであった。しかも本件契約では右期限までに一人でも明渡が完了できないときは契約は効力を失うものとされているため、成功しないときは一切の費用が被告の負担となる点でむしろ請負契約であったというべきで、被告は一五〇〇万円で仕事を請け負ったのであり、全体として請負報酬とみるべきである。そして、被告は約束どおりに仕事を完成した(賃借人を立ち退かせた)のであるから、当然一五〇〇万円は全額報酬として取得でき、なんらの不当利得はない。

四  抗弁に対する認否

否認する。本件契約は委任契約であり、報酬の定めもない。また、被告は実質的には賃借人の代理人として行動してきたもので、受任者としての義務(民法六四四条、六四五条)に違反しており、報酬請求権を有しないというべきである。

仮に報酬の約束があったと認められたとしても、立退料を控除した差額が報酬であるとは考えられない。確かに、本件契約書には「……交渉料、明渡料、引越料等……一切の費用を三者合計金一五〇〇万円也とし」との条項があるが、これが立退料等の実費を控除した残額を当然に報酬とする趣旨とはいえない。せいぜい諸般の事情を考慮した合理的な相当額を報酬とする趣旨というべきであり、その相当額は、仮に被告土屋の供述する立退料額一二〇〇万円を信用するとしても、せいぜい残額三〇〇万円中一五〇万円程度が限度である。少なくとも一五〇万円は不当利得というべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、契約の法的性質をどう解するかの点はともかく、(この点は後に判示する)当事者間に争いがない。

二  原告は、要素の錯誤による無効を主張するが、《証拠省略》によっても、法律知識に乏しく、不動産取引や明渡の交渉の実際に詳しくなかった原告としては、いささか疑念を感じつつ契約書に署名捺印したという事情は窺われるにしても、意思表示の要素に錯誤があったとまでは認められない(現に右契約の結果賃借人の明渡自体は希望通り実現したのであり、原告も窮極の目的は達したわけである。要は、出費が高くつきすぎたということにつきる。要素の錯誤により契約自体の無効をいうのはいきすぎであろう。)。原告の主位的主張は採用できない。

三  《証拠省略》によれば、被告は賃借人村田茂芳、山崎美智子に各三五〇万円、同片桐和介に対し五〇〇万円の立退料を支払ったことが認められる。《証拠省略》によると、原告の妻が問い合わせたところでは、右各賃借人の受け取った立退料はもっと低額であるとの回答があったというが、《証拠省略》と対比してそのまま措信することはできない。そうすると、被告が受領した一五〇〇万円中一二〇〇万円は賃借人に対する立退料として支払われていることになるから、残額三〇〇万円につき不当利得の成否が問題となる。これを超える原告の主張は失当である。

四  そこで、抗弁につき判断する。

1  成立に争いない甲第一号証(家屋明渡委託契約書)によれば、原、被告間の本件委託契約には、「……賃借人の家屋明渡に関し、被告に一切の権限を委託した。右家屋明渡しの交渉料、明渡料、引越料等明渡完了迄に要する一切の費用を三者総合計一五〇〇万円也とし……」という条項があった(第一条)ことを認めることができる。これによれば、原告が被告に交付した一五〇〇万円は、右委託契約(被告は一五〇〇万円全体を報酬とする請負契約であるというが、右甲第一号証によって認められる契約条項からいっても、請負契約と解するより、委任(ないし準委任)契約とみるのが相当である。この点は、法的な評価であり、委任契約とみたからといって、別に弁論主義に反するものではない。)の事務処理費用と被告の報酬を含む趣旨と解するのが相当である。そして、右条項によると、本件委任事務の処理に要した費用(つまり前認定の立退料一二〇〇万円)を控除した残額はそのまま被告の委任事務処理の報酬となり、被告は残額全部を正当に取得し得るようにみえる。しかし、《証拠省略》によれば、被告は以前から本件家屋の賃借人らから相談を受けて立退料の支払を受けられるように交渉してほしいと依頼されており、片桐との間では五〇〇万円、村田及び山崎との間ではそれぞれ三五〇万円を支払えば立退に応ずるとの合意をとりつけた上で原告との本件契約にのぞんだが、このことは、当初原告が賃借人との立退交渉を依頼していた近代地所株式会社の相当者には伝えたものの、原告には総額一五〇〇万円の費用が要ると伝えたのみであることが認められ、他方《証拠省略》によれば、原告は右被告の説明をきいて、賃借人に渡す立退料がそれぞれ五〇〇万円ずつ程度必要であると考えて本件契約に応じたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右の契約に至る事情と前記契約条項を合わせて考えると、原被告間で報酬の約束はあったとは認められるものの、その額を当然一五〇〇万円から現実の立退料を差し引いた額とするということまでの合意があったと認めることはできない。右認定によると、原告は実際に支払われる立退料の額を知らされていないのであり、被告の報酬額の相当性を判断することができなかったはずで、そのような場合にまで、前記条項から形式的に導かれる差額を常に報酬額として是認する意思であったとは考え難いからである。(形式的にみれば極端な場合、仮に立退料が合計一〇〇〇万円ですんだとすると五〇〇万円、更に立退料が五〇〇万円ですんだとすると一〇〇〇万円もの報酬ということになるが、原告がこのような場合を考えていなかったことは明らかであろうし、暴利行為として許されないところである。)。このようにみてくると、本件契約における原告及び被告の合理的意思は、諸般の事情からみて客観的に相当と考えられる報酬を支払うという趣旨であったと解するのが相当である。この点について、被告は、万一約束の期限(六月一五日)までに一人でも明渡に応じないときには本件契約は効力を失い、被告としてはなんらの権利もなくなるという危険を負担していることを強調し、前掲甲一号証によると、本件契約条項の形式的な記載からはそのように解される余地もないではないが、右契約条項を全体としてよくみれば、必ずしも現実に支払った立退料まで原告に返還しなければならないものではなく、せいぜい報酬請求権を失うにすぎない趣旨と理解でき(仮に賃借人が立退料を受け取って明渡を約束しながら期限までに明渡を実行しなかった場合であったなら、おそらく被告はそう主張するであろうし、それもまたもっともな主張と認められよう。)、このように考えると、被告の一方的危険をいう点は前記合意の趣旨の解釈の妨げとなるものではない。以上を要するに、本件契約においては、被告が報酬を得る旨の約束があったことは認められるものの、その額は契約上不確定であり、被告としては、諸般の事情を考慮して客観的に相当と認められる報酬を請求できるに止まると解するのが相当であり、これを超えて無制限に、つまり立退料と一五〇〇万円の差額を常に取得できるわけのものではないというべきである。

2  そこで、前認定の立退料一二〇〇万円を控除した差額三〇〇万円が被告の取得し得る報酬として相当と認められる範囲を超えていないかどうかにつき検討する。すでに認定したとおり、被告はもともとは本件家屋の賃借人らから相談を受けて賃貸人である原告との間で立退料の支払を受けられるよう交渉する立場にあったのであり、原告から本件委託を受けることは本来なら双方代理として許されない(まさに利害が対立する場合である。)ものであったこと、現実に本件契約に到る以前にすでに賃借人らとの間で立退料の交渉は調っていたのであって、本件契約による立退交渉の努力はほとんど必要としなかったことを考えると、窮極的には家屋明渡という原告の目的を実現させた点で原告の利益にも寄与するところがあったことや、《証拠省略》により、被告は実際の交渉に協力してくれた同業者の一色常弘に対し報酬として五〇万円を支払っていることをも考慮しても、被告の取得すべき相当報酬額は原告が最大限度と主張する一五〇万円がせい一杯と認められ、これを超えるものとは認められない。

3  被告の抗弁は、報酬として一五〇万円を正当に取得できるとする限度で理由があるが、右金額を超える部分については失当というべきである。

五  以上のとおり、被告の抗弁は一部理由があるが、その余は失当であるから、原告の予備的主張は一五〇万円の不当利得を主張する限度で正当として認容できる。

よって、原告の請求は、一五〇万円及びこれに対する昭和五五年一月二七日(本件訴状送達の翌日であること記録上明らかである。)から支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、仮執行及びその免脱の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上谷清)

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